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「漢方×DX」をテーマに、漢方の未来と、その取り組みへの思いと背景、これからの展望を語っていただくインタビュー。第1回目は、東京女子医科大学附属東洋医学研究所所長の木村容子先生に、漢方のエビデンス構築についてのお話を伺いました。


——先生は早い段階から、漢方のデジタル化やDX化について、注目していたと思うのですが 

 

木村先生:2017年の第68回日本東洋医学会学術総会において、長年の研究に対して学術賞を受賞させていただき、「現代における口訣の検証と漢方医学的エビデンス構築(※1)」と題する講演をいたしました。 

研究の課題は、漢方治療に適したエビデンスの構築についてです。 

漢方は心身一如という心と体は切り離せないという概念や、主訴が同じでも、随伴症状や体質によって有効な処方は異なる「同病異治」と、異なる主訴でも同じ処方が用いられる「異病同治」という個別化治療の考え方があります。 

さらに一度決まった「証」であっても、時間の経過や漢方方剤の投与によって証は変化するため、漢方薬の変更も必要です。 

多くの人に有効と言われている漢方薬をダブルブラインドのランダム試験で処方したら、逆に悪化した場合もあるという報告があります。

漢方治療は個別化医療として、随証治療の全体を評価できる検討方法の方が向いているんじゃないかと思ったんです。 

 


——実際にどのような動きをされたんですか? 

 

木村先生:東京女子医科大学附属東洋医学研究所では、2001年から独自で開発した「患者自身による自覚症状の評価システム(トムラス)」 を使い、診療情報のデータベース化に取り組んできました。主訴と随伴症状、治療効果の関係をデータマイニング的な手法で解析しています。 

後ろ向き治療から得られた結果を、前向き治療で検証することで、実臨床に役立てるという試みです。 

さらに私たちが検証したデータと古典で書いてあるものを検証して、現代に合わせた漢方治療の標準化や、主訴だけではなく、体質や随伴症状の効果と関連に、一定のパターンを見つけることによって、漢方治療のエビデンス構築を行っています。 




——患者さん側から見てもとてもうれしいことですね 

 

木村先生:来院時の際に、待合室にあるタッチパネル式の診断機を使って、患者さん自身で治療効果を評価してもらいます。 

事前の患者さんの主訴、随伴症状、診断所見などは記録してあるので、ご自身の評価と併せた治療体験が、診療時の医師とのコミュニケーションにも役立っていたと思います。 

 


——とはいえ、この考え方の構築をすることはかなり難易度の高いことだったのではないですか? 

 

木村:釣藤鈎を含む抑肝散陳皮半夏と釣藤散がどのような頭痛に有効かという研究を行いました。 

随証治療で抑肝散加陳皮半夏や釣藤散を処方した頭痛の患者さんのうち、処方が効いた人と効かない人との違いが何かを統計的に解析しました。後ろ向き観察研究から治療効果を予測する症候の組み合わせの最適モデルの判別予測式を計算し、そのモデルの外的妥当性を前向き研究で検証し、予測精度は約76%となりました。 




—すごい研究結果ですね

 

木村先生:古典より受け継がれた処方と口訣には、現代に適した解釈が必要なんです。処方の口訣に関する優先順位、すなわち重み付けを作ること。それは処方選択のために役立ち、実臨床に役立つ現代の口訣になると思っています。



——ご苦労も多かったんじゃないですか

 

木村:約10年かかりました。でもこの研究が、患者さんの最適な漢方治療に活かせるんじゃないかと思い、ずっと大学で研究を行ってきました。「トムラス」があったから、ここで研究をしてきたといってもいいくらいです。 

とはいえ、システムが老朽化し、また、コロナ禍で継続が困難となったため、今回、システムを一新しました。この10年、特にコロナ禍を経て患者さんたちのライフスタイルも変化したのと同時に、テクノロジーの世界もかなり進化しています。なので、これからの10年、さらにその先も、自分たちの臨床研究をさらに加速し、効率よく行うために、KAMPO 365customという新システムの導入(※2)を行いました。自分たちの実施したい臨床研究をイメージしながら構築できたと思っています。患者さんの治療の効果を上げるために、着実に運用・実用化できるようにしていきたいです。 

 

漢方薬は2000年前から始まって、現在まで続き、それを繋げていくことが、今の時代に生きる自分たちの責任でもあります。限られた資源なので、本当に必要な人に、適時かつ適量投与していくことを考えていきたいです。そのためにも、漢方独自の証の診断体系を 現代のテクノロジーや統計と併せて、 漢方治療のエビデンス化することが、大切だと思っています。 

 


※1 現代における口訣の検証と漢方医学的エビデンス構築―抑肝散陳皮半夏と釣藤散が有効な頭痛を中心にー (口頭発表,特別・招待講演等) 2017/06/03 79. 

※2 漢方専門医療機関向け漢方業務支援ソフトウェア KAMPO 365 custom 

https://www.kampo365.jp/custom




木村容子先生

東京女子医科大学附属東洋医学研究所所長・教授。医学博士。 

中央官庁入省(国家公務員Ⅰ種)。英国オックスフォード大学大学院に留学中に漢方と出会い帰国後、退職して東海大学医学部に学士入学。2002年から東京女子医科大学附属東洋医学研究所に勤務。日本内科学会認定医。日本東洋医学会認定漢方専門医・指導医。 著書にはベストセラーとなった『女40歳からの「不調」を感じたら読む本』(静山社文庫)をはじめ、『漢方の知恵でポジティブ・エイジング』(NHK出版生活人新書)、『ストレス不調を自分でスッキリ解消する本』(さくら舎)、『〝なんとなく不調〟と上手につき合うためのセルフケア』(NHK出版)などがある。 最新書籍『60代70代80代をうまく老いる健康養生法 ―東洋医学2000年のすごい知恵 』が発売中  




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