
「漢方×DX」をテーマに、漢方の未来と、その取り組みや展望を語っていただく連載の第3回目は、東海大学医学部医学科専門診療学系漢方医学領域の野上達也教授にインタビュー。学生教育での試みや、今後の東洋医学界における標準化のためのDXの役割について語っていただきました。
——今回、「漢方とDX」というテーマとなりますが、DXの現状の試みをお聞かせください
野上先生:DXというほど、大きなことではないのかもしれませんが、eラーニングを取り入れて、学 生へ勉強の機会を提供しています。 学生もそうですが、教える側としても効率よく教育する手段として、とても取り入れやすいコンテンツだと思っています。
——eラーニングを取り入れようと思った経緯を教えてください
野上先生:講義時間が短いという問題からです。伝えたいことが伝えきれないという思いがあったことがスタートです。授業では、基本的なことや漢方の楽しさを伝え、モチベーションをあげて終了していますが、そのあとフォローできないまま、次回の授業となると、リセットされてしまうことも多いと感じていました。そこで、 eラーニングを活用して補っています。
——学生たちの反応はどうですか?
野上先生:昔に比べ、漢方に興味を持つ学生は多いんです。しかし日々向き合う医療の考え方と違うため、疑問を持ったり、一度では理解できないことも多々出てきます。そのフォローとして役立っているようです。
——eラーニングのコンテンツ作りで工夫していることはありますか?
野上先生:漢方の基礎的な部分はeラーニングで、新しいエビデンスが出たなどのトピックは、実習で行うようにしています。 進化については、やはりリアルに語りたいと思っているんです。
限られた時間を効率よく使い学ぶという考え方が、今までの教育の現場ではあまりなかったので、そこはこれからも工夫していきたいところですね。

——今後、教育現場で取り入れていくことなどはありますか?
野上先生:研究として始めたこととして、チャットボットを使って、医療面接の練習を開始する予定になっています。 今まで、模擬患者さんにシナリオを覚えてもらうことが、かなり負担を強いていたので、そこをチャットボットが患者さん役を演じてくれます。 現在、問診練習のためのコンテンツ作りをしているんですが、倫理委員会の承認を得たので、学生たちがトライし始めています。
——この取り組みによって学生たちの成長のスピードが上がりそうですね
野上先生:私は漢方の世界に25年いますが、後進の人たちが同じレベルに到達するのに同じ25年かかっては漢方の進化につながらないですよね。3年、5年で追いついて、その後が進歩の段階になると思っています。 今までは各人の努力と才能に依存してきたのが、漢方の進歩だったと思うんです。 系統立てられた教育ができていないのは、漢方の弱さですね。
——成長をどう早めるかが鍵になりますね
野上先生:そのために診断ソフトウェアなどの役割は大きいと考えます。
将棋の世界でAIに負けたということが大きな話題になりましたけど、だからといって将棋界がダメになったわけではなく、その逆でより研鑽を積み重ねて棋士たちは腕を上げている。 同じように漢方界も、ソフトウェアと医師たちがともに研究を重ねてお互いのレベルを上げていくことを考えたいですね。
また基準つくりに診断ソフトウェアなどのデジタル化は欠かせないと思います。基準ができればそれに対して検証や議論ができますから。
例えば、西洋薬では、標準的なプロトコルに、新薬を組み合わせたら、新薬が勝ったので、新薬が標準になるということがありますよね。 漢方でもやるべき試みです。
しかし漢方は多種多 様な患者さんがいるので、この症状にはこの漢方薬ということは難しいです。患者さんに漢方が介入することによって、QOLが上がることが大切になります。
より良い介入のサポートができるソフトウェアの仕組みをつくること、そして臨床研究をして評価する。この積み重ねが、進歩に大切だと思います。
——最後にDXに期待することなどはありますか?
野上先生:医師の作業効率ということも課題です。臨床で行っている作業部分を少しでも削減できれば、患者さんに向き合う時間が増えて、先ほども話した診断ソフトウェアの症例数も増え、その蓄積が進歩につながっていきます。 自分たちでできることをしつつも、各方面とともに今後もチャレンジしていきたいと 思っています。
野上達也先生
医学博士。医師。東海大学医学部医学科専門診療学系漢方医学領域教授。日本東洋医学会漢方専門医・指導医。
多くの患者様の心身の健康に貢献するために、東洋医学と西洋医学とを組みあわせた最善の医療の提供することをモットーとしている。